虹明かり

コトリ。と音がした。

「…ん」

今晩はいつもの仕事が無い日。
たまには早く寝ようと思い、早々に床についたのだった。
熟睡していた脳が微かな物音に反応して目が覚める。
普段がどんなであれ、腐っても使用人である。
家の外を護るのも勿論ルクセヌの仕事だ。

「誰だよ…せっかく久々に爆睡してたのにさぁ〜」

ベッドの上で無理矢理上半身を持ち上げて窓の外を見ながら頭を掻く。
ハニー達は皆寝静まっていて全く反応を示さない。
夜だと戦力がねぇからバトりたくねぇんだよな…などと呟き、腕まくりをしつつ小屋から出て裏庭に立った。

「ダレ？」

余裕を見せ付ける為に口角を吊り上げて笑みを作ってみせる。

「………こんばんわです、ルクセヌ」
「げッ！モイカ？！」

闇の中から聞こえてきた馴染みのありすぎる声に嫌な汗を流す。
姿は未だぼんやりとした輪郭でしか認識できない。
しかし、所々それらしい特徴があるためやはりモイカであると認めざるを得なかった。
モイカだと分かったルクセヌは、途端に一歩後退りをする。
彼女がここに来る理由はひとつしかない。

「ルクセヌに会いに来たですよ！」

つまりこういうことである。

「会いにって…何もこんな夜中に来るこた無いじゃん」
「今日はルクセヌお仕事ないです！朝までフリーです！一線を越えれますです！」
「越えなくていいから！！」

全力でツッコんでから、モイカの言葉に違和感を感じる。

「…モイカ、聞きたくねぇんだけどさぁ……なんで俺が今日仕事ねぇって知ってんの？」

モイカが一歩ルクセヌのほうへと近付く。
闇に紛れて表情は見えない。

「当たり前です」

一歩。

「決まってるですよ」

一歩。

「ルクセヌのことならなぁんでも分かっちゃってるんです」

一歩。
表情…否、瞳が闇の中から少し浮かび上がった。

「ルクセヌが昨日何を食べたのかも」

その瞳には既に光が灯っていなかった。

「ルクセヌが何を話したのかも」

一歩。
まさに蛇に睨まれた蛙のように動けないルクセヌに、容赦なく着実に歩を進めていく。

「ルクセヌが白髪に何をしたのかも、です」

一歩。また一歩。
言いようもない恐怖に戦き声が出ない。
もう10センチと離れていない距離に、本能が警鐘を鳴らしているのに動けない。

「……」
「ルクセヌ」
「…ッ」

つ、とモイカの右手がルクセヌの頬を撫でた。
優しく、狂おしく。
そのまま頬の輪郭をなぞり、首筋を伝って鎖骨にたどり着く。

「っ…ん」

びく、と怯え反応する身体。
その時、妙に冷めた頭が疑問を持った。
…モイカは左利きだ。今何故左手を使わない？…
答が嫌でも分かってしまったルクセヌは顔を青ざめた。

「ねェ…」

モイカがルクセヌの肩に顎を乗せて、耳元で喘ぐように小さく声を漏らした。

「ルクセヌは俺のことが好きですか？それともあの白髪のことが好きですか…？」

モイカの左手がルクセヌの首に抱き着くように巻き付いた。
その手を目で追う。

「ねえ、ルクセヌ、俺はあの白髪を殺したいです。だけどそうするとルクセヌが悲しむです」

左手の先には、想像通り鉈がしっかりと握られていた。
刃の部分に血液がこびりついてないのを見て少しだけ安堵するが、すぐに今の状況に狼狽する。

「…質問の意図がわからないですか？」

くすりとモイカが笑う。
嘲笑うように艶やかに嗤う。

「愛しいルクセヌのためにわかりやすく言ってあげるですよ」

ぐい、と引き寄せられる。

「ルクセヌが死にますか？それとも白髪が死にますか？…ってことです」
「…ん…ッ！」

言い放った直後に襟を掴まれ引っ張られ、強引に口づけられる。
頭が上手く働かない。
ぼんやりと霞がかる頭。
襲い来る睡魔。

「ルクセヌ、愛してますですよ？」

それはもう、病むほどに。