虹明かり

僕はいつだって、兄さんを見ていた。



「お。ちょっと、ネル！」

隣で歩いていた兄さんが急に足を止めて俺を呼んだ。
なに、と聞く前に兄さんが見付けたものに気付く。
それは、ぽつりぽつりと道端に咲く、ヒマワリだった。

「ヒマワリ」
「な！　こんなとこにも咲いてんだな！」
「ほんとだね〜」

テンションが上がる兄さんを見て、そういえば兄さんは昔からヒマワリが好きだったなあと一人で懐かしむ。
ヒマワリを見付ける度に勝手に摘んで来ちゃって、俺がなんとか魔法で枯らさずに飾っていたっけ。
あの頃の兄さんは「ヒマワリは太陽みたいで、俺様にぴったりだ！」とか何とか事あるごとに言っていた。
その度に俺は、苦笑して……

「これ、マクシィに摘んでやろうぜ！」

唐突な兄さんの言葉に、一瞬固まる。

「ヒマワリ見ると、マクシィ思い出すんだよなー。すっげー似合ってんよな！」
「……」
「よっし、予定変更！　森には明日行こうぜ、今日はマクシィん家にこいつ持ってくぞ！」
「……え、兄さ…」

兄さんは俺の声なんて耳に入らないようで、鼻歌なんて歌いながらヒマワリをぷちりと摘み始めた。



…僕はいつだって、兄さんを見ていた。
いつだって、兄さんの一番近くに居続けた。…



「兄さん」
「？　ネル、どうし…」

妙に真面目ぶった俺の声に違和感を抱いたのか、兄さんが不思議そうに俺の方を振り返る。
そして俺の顔を見て、声を止めた。

「…ネル。大丈夫か？　どうした？」

改めて俺の目をじいっと見詰めて、ゆっくりと気遣うように声を和らげて言う。
俺は悲しいような腹立たしいような…そんな感情がないまぜになったような気持ちで兄さんを少しだけ見上げる。
そして無言のまま、右手の中指と親指を擦り合わせてパチンと鳴らす。

「！　うわっ」

途端、風が微かに唸りを上げて鎌鼬を作り出す。
それらは兄さんの頭上を通り抜け、髪を括っているゴムを切り裂いた。
兄さんの髪が、ぱさっと音を立てて首元に落ちる。

「びっくりした…。ネル、魔法使うんなら先に言えって！」
「あはは、ごめんごめん」
「ったく…。んで、どうした？」
「……」

兄さんが膝を折って少し屈み込み、俺の顔を下から探るように見た。
俺は再び兄さんの目を見据えて、おもむろに右手で兄さんの髪を掬う。
そして兄さんが手に持っているヒマワリの中から、なるべく小さめの花を選んで一つ取った。

「？」

不思議そうな兄さんを見て、いつものように微笑む。

「ヒマワリは兄さんの方が似合ってるよ」
「そうかあ？」
「うん」

兄さんから抜き取った小さいヒマワリを、茎を切ってしまうのは可哀相だからそのままで、兄さんの頭にそっと当てた。

「ほらね〜。似合ってる」

兄さんはくすぐったそうな恥ずかしいような表情をして、ねーよと笑っていた。





「あれ、ネル？　このヒマワリどうしたの？」

花瓶に一輪だけ飾ってある小さいヒマワリを見てアジーが訝しげに俺に聞いた。

「さっき、兄さんが摘んできたんだー」
「イシュカが摘んだ？　また似合わないことしたもんねぇ…」



……俺はいつだって兄さんを見ている。
今も、「昔」も、きっとずっと兄さんだけを……



＠
Thanks！
フランツさん