七夕小話…モイカ&ユメクイ 「寂漠で剛健なお姫様」
「ふふふ!お母さま、見ていて下さいですよ!!」
「無理ー」
モイカの気合いの入った叫び声に対して、ユメクイは間髪入れずに言葉を返した。
「なんでですか!!今日は七夕!七夕って恋人を引きはがす日です!殺るっきゃないです!!」
「あー、とりあえずアンタは七夕の意味をしっかり理解しておいでー」
「織姫と彦星とかいう夫婦が離婚した日ですよ」
「勝手に捏造すんなー」
既に光が点っていないモイカの瞳を見てユメクイは呆れたようにため息をついた。
「あのねー、ちょっとこっちおいでー」
「わ、何ひっぱるですかお母さまっ!」
ぎゃいぎゃいと喚く言葉を綺麗に無視してモイカをひょいと右肩で担ぐ。
線の細いユメクイが自分の体をいとも簡単に担いだのを見て、モイカは暴れるのをやめて黙り込んだ。
正直なところ、モイカはユメクイのことを恐れている。
ルクセヌの育ての親だということは知っているが、逆に言うとそれ以外のことは全く知らない。
(…誰の命でも、生かすも殺すもぜんぶ俺の気持ち次第だったのに)
今まで出会った人は皆弱く、鉈を翳して軽く脅すだけで簡単に命乞いをした。
しかしユメクイとルックにだけは、逆らえないものがあった。
もちろんルックは自分が惚れているから手を出したくないだけであり、力や残虐さは自分とは比べものにならない。
自分の物にする為に殺すことも容易である。
(だけど、それができないのはユメクイがいるから)
ユメクイは常にゆらゆらとした笑みを顔に張り付けていて、何を考えているのかよく分からない。
否、表情だけではない。
その瞳から、人間の持つ温かみや情というものが見付からない。
そして何より、偶然ユメクイが戦っている場面を見た時に、言葉にならない恐怖が体を駆け巡ったのだ。
(体がぐにゃぐにゃしてた。ルクセヌみたいに植物とかを操ってたんじゃない、自分の体を自由に変形できるんだ…)
もともとユメクイを危険視していたモイカだが、その時を境にユメクイには絶対に逆らわないようにしようと誓ったのだった。
「どうしたんだいー?」
真面目な顔で考え込んでいたせいか、ユメクイがゆらゆらと笑いながら尋ねてきた。
モイカはぱっと顔を上げて微笑み、いつものように明るい声で返事をする。
「七夕の本当の由来ってなんだったっけーって考えてたです」
「まだ考えてたのかいー。正しくは、織姫と彦星が年に一度会える日だよー」
「一度しか会えないですか?どうしてです??」
「余りにイチャイチャしすぎたからさー。さ、着いたよー」
俺なんて、全然イチャイチャしてないのに一緒にいられない。
あの白髪が憎い、憎い憎い憎い憎い……憎くて憎くて堪らない。
そんな思いがふっと脳裏を過ぎり、小さな殺意が頭をもたげる。
「ここがアタシの家だよー。…って、またスイッチ入ってんのかいー…」
「お母さま、俺やっぱり今日こそあの白髪殺すです」
「はいはい、また今度ねー。ここで暴れたらルックが泣くよー?」
「え、なんでですか?」
ルック、と言う名前には敏感なモイカである。
すうっと殺意が薄れ、その桃色の瞳には再び光が宿った。
「ここは、アタシとあの子が暮らしてた家さー」
「ルックが?!ですか!!」
「そうー。でー、今日はここでアンタにやってほしいコトがあるんだよねー」
必要以上に瞳を輝かせて目の前にそびえ立つ家を眺めていたモイカが、訝しげにユメクイの顔を見た。
「俺にですか?」
「そー。厳密に言えばアタシとアンタの二人で、だけどねー」
そう言うなり、ユメクイは浮遊したまま家の中へと入っていく。
それに倣ってモイカも小走りでユメクイの後をついていった。
玄関から入り、居間を素通りして裏口から再び外へ出る。
その先には、庭が広がっていた。
「わあ、ハニーの野郎がいっぱいです!」
「…」
庭には色とりどりの花が咲き乱れていた。
その奥のほうに、まっすぐに伸びた大きな笹があった。
ユメクイが無言で花達を踏まぬように避けながらその笹へと近付いていく。
モイカもそれに倣って慎重に歩を進めた。
たどり着いた先に立っていた笹は、お世辞にもみずみずしいとは言えないものであった。
「なんですかこの笹?今にも枯れそうです」
「ルックが生まれてからずっとここに生えてる笹だよー」
「ずっと…」
そうだ、ルクセヌには植物の寿命を延ばす能力があったんだった、と思い出す。
「アタシとルックで、毎年七夕の夜にこの笹に自分の願いを書いた短冊を吊したのさー」
「あ、ほんとです!」
笹には、至るところに短冊が幾枚も幾枚も吊されていた。
「ずっとずっと吊したまま、アタシの力で風雨をしのいでコイツは立ってるんだー」
「へえ…」
「でもねー、ルックがうちを出てってからアタシの短冊しか吊してなくてー。寂しいじゃないかー」
ユメクイの表情はいつものようにゆらゆらとしている。
寂しさなんて見出だせないのに、モイカにはその気持ちが痛いほど分かっていた。
大切な人が自分のそばにいない寂しさ。
(あ…そっか…)
自分とユメクイは同じ立場なのだ。
それぞれ抱く感情に若干の相違はあるものの、結局のところは自分もユメクイもルクセヌを追い求めている。
「ユメクイは織姫ですね」
そして…俺も同じ、ずっと待ち続けては寂しさに咽ぶ惨めな織姫。
「あははー。アタシはそんな乙女じゃないよー」
「…それで、俺にやってほしいことってなんです?」
「そうそうー。アタシと一緒にこの笹に短冊を吊してほしいんだー。はい、これアンタの短冊ねー」
そう言うなり、いつの間にか持っていたオレンジ色の短冊をモイカへと手渡した。
同時に、ぺいっとボールペンを放って渡す。
かく言うユメクイの右手には黄色の短冊が握られていた。
「俺じゃなくて、ルクセヌに頼めばいいじゃないですか?」
「…」
ユメクイは、ただその場に浮遊したまま、いつものようにゆらゆらと笑う。
(やっぱり、俺と同じ)
怖いんだ。
ユメクイも、俺と同じで怖いんだ。
「さ、アタシは書き終わったよー。アンタも早く書きなー」
「はっ、早いですー!!」
ユメクイがふわりと浮いて笹のてっぺんに自分の短冊を括りつけた。
「ズルイですよ!それじゃお母さまの願い事見れないじゃないですかーッ!!」
ぷんすかと顔から湯気を出して怒りながら、モイカは下のほうの枝に短冊を括った。
真隣には拙い文字で『おかあさんとずっといっしょにいられますように』と書かれた桃色の短冊が吊されている。
モイカは痛々しく顔を歪めてそれを見つめた。
「……今、ルクセヌがそう思ってる相手…は…」
…ユメクイは、これを見るたびに辛くならないのだろうか。
自分だったらこんな短冊、とっくにびりびりに引き裂いているだろうに。
「モイカー」
「なんです?」
「ありがとう」
「え…」
そう言うと、ユメクイはゆらゆらと糸遊のように消えていった。
「ちょ、お母さま!!願いごと言わずに消えるなんて卑怯ですよー!?」
せっかく、俺の願い事を教えてあげようと思ったのに。
「…俺ッ!俺の願い事、は!…『お母さまとずっと一緒にいられますように』、なんですっ!!」
既にユメクイがこの場所にいないということは分かっていたが、モイカは叫んだ。
そして、小雨の降る夜空を見上げて満足げに笑ったのだった。
「無理ー」
モイカの気合いの入った叫び声に対して、ユメクイは間髪入れずに言葉を返した。
「なんでですか!!今日は七夕!七夕って恋人を引きはがす日です!殺るっきゃないです!!」
「あー、とりあえずアンタは七夕の意味をしっかり理解しておいでー」
「織姫と彦星とかいう夫婦が離婚した日ですよ」
「勝手に捏造すんなー」
既に光が点っていないモイカの瞳を見てユメクイは呆れたようにため息をついた。
「あのねー、ちょっとこっちおいでー」
「わ、何ひっぱるですかお母さまっ!」
ぎゃいぎゃいと喚く言葉を綺麗に無視してモイカをひょいと右肩で担ぐ。
線の細いユメクイが自分の体をいとも簡単に担いだのを見て、モイカは暴れるのをやめて黙り込んだ。
正直なところ、モイカはユメクイのことを恐れている。
ルクセヌの育ての親だということは知っているが、逆に言うとそれ以外のことは全く知らない。
(…誰の命でも、生かすも殺すもぜんぶ俺の気持ち次第だったのに)
今まで出会った人は皆弱く、鉈を翳して軽く脅すだけで簡単に命乞いをした。
しかしユメクイとルックにだけは、逆らえないものがあった。
もちろんルックは自分が惚れているから手を出したくないだけであり、力や残虐さは自分とは比べものにならない。
自分の物にする為に殺すことも容易である。
(だけど、それができないのはユメクイがいるから)
ユメクイは常にゆらゆらとした笑みを顔に張り付けていて、何を考えているのかよく分からない。
否、表情だけではない。
その瞳から、人間の持つ温かみや情というものが見付からない。
そして何より、偶然ユメクイが戦っている場面を見た時に、言葉にならない恐怖が体を駆け巡ったのだ。
(体がぐにゃぐにゃしてた。ルクセヌみたいに植物とかを操ってたんじゃない、自分の体を自由に変形できるんだ…)
もともとユメクイを危険視していたモイカだが、その時を境にユメクイには絶対に逆らわないようにしようと誓ったのだった。
「どうしたんだいー?」
真面目な顔で考え込んでいたせいか、ユメクイがゆらゆらと笑いながら尋ねてきた。
モイカはぱっと顔を上げて微笑み、いつものように明るい声で返事をする。
「七夕の本当の由来ってなんだったっけーって考えてたです」
「まだ考えてたのかいー。正しくは、織姫と彦星が年に一度会える日だよー」
「一度しか会えないですか?どうしてです??」
「余りにイチャイチャしすぎたからさー。さ、着いたよー」
俺なんて、全然イチャイチャしてないのに一緒にいられない。
あの白髪が憎い、憎い憎い憎い憎い……憎くて憎くて堪らない。
そんな思いがふっと脳裏を過ぎり、小さな殺意が頭をもたげる。
「ここがアタシの家だよー。…って、またスイッチ入ってんのかいー…」
「お母さま、俺やっぱり今日こそあの白髪殺すです」
「はいはい、また今度ねー。ここで暴れたらルックが泣くよー?」
「え、なんでですか?」
ルック、と言う名前には敏感なモイカである。
すうっと殺意が薄れ、その桃色の瞳には再び光が宿った。
「ここは、アタシとあの子が暮らしてた家さー」
「ルックが?!ですか!!」
「そうー。でー、今日はここでアンタにやってほしいコトがあるんだよねー」
必要以上に瞳を輝かせて目の前にそびえ立つ家を眺めていたモイカが、訝しげにユメクイの顔を見た。
「俺にですか?」
「そー。厳密に言えばアタシとアンタの二人で、だけどねー」
そう言うなり、ユメクイは浮遊したまま家の中へと入っていく。
それに倣ってモイカも小走りでユメクイの後をついていった。
玄関から入り、居間を素通りして裏口から再び外へ出る。
その先には、庭が広がっていた。
「わあ、ハニーの野郎がいっぱいです!」
「…」
庭には色とりどりの花が咲き乱れていた。
その奥のほうに、まっすぐに伸びた大きな笹があった。
ユメクイが無言で花達を踏まぬように避けながらその笹へと近付いていく。
モイカもそれに倣って慎重に歩を進めた。
たどり着いた先に立っていた笹は、お世辞にもみずみずしいとは言えないものであった。
「なんですかこの笹?今にも枯れそうです」
「ルックが生まれてからずっとここに生えてる笹だよー」
「ずっと…」
そうだ、ルクセヌには植物の寿命を延ばす能力があったんだった、と思い出す。
「アタシとルックで、毎年七夕の夜にこの笹に自分の願いを書いた短冊を吊したのさー」
「あ、ほんとです!」
笹には、至るところに短冊が幾枚も幾枚も吊されていた。
「ずっとずっと吊したまま、アタシの力で風雨をしのいでコイツは立ってるんだー」
「へえ…」
「でもねー、ルックがうちを出てってからアタシの短冊しか吊してなくてー。寂しいじゃないかー」
ユメクイの表情はいつものようにゆらゆらとしている。
寂しさなんて見出だせないのに、モイカにはその気持ちが痛いほど分かっていた。
大切な人が自分のそばにいない寂しさ。
(あ…そっか…)
自分とユメクイは同じ立場なのだ。
それぞれ抱く感情に若干の相違はあるものの、結局のところは自分もユメクイもルクセヌを追い求めている。
「ユメクイは織姫ですね」
そして…俺も同じ、ずっと待ち続けては寂しさに咽ぶ惨めな織姫。
「あははー。アタシはそんな乙女じゃないよー」
「…それで、俺にやってほしいことってなんです?」
「そうそうー。アタシと一緒にこの笹に短冊を吊してほしいんだー。はい、これアンタの短冊ねー」
そう言うなり、いつの間にか持っていたオレンジ色の短冊をモイカへと手渡した。
同時に、ぺいっとボールペンを放って渡す。
かく言うユメクイの右手には黄色の短冊が握られていた。
「俺じゃなくて、ルクセヌに頼めばいいじゃないですか?」
「…」
ユメクイは、ただその場に浮遊したまま、いつものようにゆらゆらと笑う。
(やっぱり、俺と同じ)
怖いんだ。
ユメクイも、俺と同じで怖いんだ。
「さ、アタシは書き終わったよー。アンタも早く書きなー」
「はっ、早いですー!!」
ユメクイがふわりと浮いて笹のてっぺんに自分の短冊を括りつけた。
「ズルイですよ!それじゃお母さまの願い事見れないじゃないですかーッ!!」
ぷんすかと顔から湯気を出して怒りながら、モイカは下のほうの枝に短冊を括った。
真隣には拙い文字で『おかあさんとずっといっしょにいられますように』と書かれた桃色の短冊が吊されている。
モイカは痛々しく顔を歪めてそれを見つめた。
「……今、ルクセヌがそう思ってる相手…は…」
…ユメクイは、これを見るたびに辛くならないのだろうか。
自分だったらこんな短冊、とっくにびりびりに引き裂いているだろうに。
「モイカー」
「なんです?」
「ありがとう」
「え…」
そう言うと、ユメクイはゆらゆらと糸遊のように消えていった。
「ちょ、お母さま!!願いごと言わずに消えるなんて卑怯ですよー!?」
せっかく、俺の願い事を教えてあげようと思ったのに。
「…俺ッ!俺の願い事、は!…『お母さまとずっと一緒にいられますように』、なんですっ!!」
既にユメクイがこの場所にいないということは分かっていたが、モイカは叫んだ。
そして、小雨の降る夜空を見上げて満足げに笑ったのだった。
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