七夕小話…ナータ&ネル 「星が消えた夜」
ばらばら ばらばら
今宵は七夕であるにも関わらず、未だ梅雨明けしていないせいで雨が降っていた。
土砂降りというほどでもないが、すぐにやみそうというほど軽い降り方でもない。
恐らく明日にならないと晴れはしないだろう。
そんな空模様を窓から眺めながら、エナタは自分の右手の内にある桃色の短冊を握りしめた。
「どう、姉さん。お願いごと書けたー?」
そんなエナタの仕種に気付かないネルは、ひょこりとエナタの右肩に自身の顎を乗せて声をかけた。
「きゃあっ!!」
ネルの想像通り、エナタは悲鳴をあげてあっと言う間にその場から逃げた。
ほんの数秒のうちにネルとエナタの間には1メートルもの距離が出来た。
それを見てネルが苦笑する。
「姉さんってば、こういう時だけは運動オンチが治るんだよね」
「あ、う、うるさいわねっ!」
「別にからかってないよー」
顔を真っ赤に染めてこちらをキッと睨みつけるエナタに、ネルはにこにこと笑いかけた。
エナタは極度の潔癖症であり、他人に触られることをひどく嫌うのである。
他人に触れられるものなら即失神するのだが、家族に触れられるのは少しは慣れたようで悲鳴をあげて赤面する程度までになった。
しかしいくら家族であれ、過剰なスキンシップをとられると失神してしまうのだ。
「ふー…」
軽く深呼吸をして、煩く鳴り響く心臓と熱くほてった頬を落ち着ける。
「…えっと、何かしら。願いごと?」
「うん、そー。姉さんは何書いたのかなって。もうみんな書いたみたいでさー。俺、まだ書いてないんだよねー」
「短冊渡されてからかなり時間経ったわよ、まだ書いてないの?」
「うん、まーねー」
ネルは相変わらずにこにこと笑いながら、エナタの前に自分の緑色の短冊を置いた。
それには自分の名前が左下に小さく書かれてるだけで、願い事が書かれていない。
エナタは怪訝そうに顔を上げてネルを見つめる。
「あんたねぇ、いろいろあるでしょ願いくらい。ネルくらいのブラコンなら『イシュカとアジーが結ばれますように』とかにしとけば?」
「それはダメだよー、願うようなことじゃないもん。自分たちで何とかしなきゃ」
「案外シビアなのね、あんた…」
また、うふふ、とネルは笑う。
その笑みは余りに不安定で、エナタは少し恐怖心を抱いていた。
奥底が見えない笑み。
まるで姉であるあたしすら信じてはいないような。
「…ネルはなんでそんな風に笑うの?」
気付けば勝手に口からそんな言葉が飛び出していた。
直後、はっとしたように慌てて両手で口を抑える。
そのせいで握りしめていた短冊がひらりと手から落ち、ネルのひざ元に届いた。
「姉さん?」
そんなエナタに心配した様子のネルは、背中をさすろうとして右手をエナタへと伸ばす。
その右手の動きが、途中でぴたりと止まった。
「…!」
ネルの視線の先には、自分のすぐそばに落ちている桃色の短冊。
「あ、ちょ…み、見ないでよっ!」
ばっ、と素早く自分の短冊を回収するが、時既に遅く、ネルはエナタの願い事を読んでしまった後だった。
そんなエナタを見てネルの顔はだんだんと緩んでいき、逆にエナタの顔は視線をそらしたまま赤く染め上がっていく。
「姉さんのお願い事、見ーちゃった。ふふ」
「……うるさいわね、だから何だってのよ!」
「おかげで俺もお願い事決まったよ、姉さん。ありがとー」
「あ、あんたのも教えなさいよ!?これじゃアンフェアじゃない!」
また、先程と同じように彼が笑った。
今度の笑みは不思議とあまり恐怖心を抱かない。
「はーい」
いつの間に書いたのか、右手に握ったペンにきゅぽんとキャップをしながらネルがのんびりと返事をした。
そしてにこにこと笑いながらエナタに自分の短冊を手渡す。
エナタは少し躊躇ってから受け取り、声に出して読み上げてやった。
「なになに…『この雨が早くやみますように』?」
「うん」
「…そうね。早くやむといいわね」
「そうすれば姉さんのお願いごと、叶うでしょー?」
「……」
エナタは答えずに、ネルがいつもそうするようににこりと微笑んでみせた。
「まだ、雨、降ってるねー」
カーテンの開きっぱなしの窓から雨模様の夜空を眺めてネルが言う。
エナタはそっとその隣に腰掛け、同じように空を見上げて少しだけ寂しさをその笑顔に滲ませた。
「姉さん、今、触っても大丈夫ー?」
「は…なっ、何言って…!?」
「ふふ、少し慰めたくなったの。あんまり悲しそうだから、姉さんが」
そう言うなり返事も待たずにエナタの背中を優しく撫でる。
エナタの顔はみるみるうちに真っ赤になったが、かろうじて悲鳴はあげずに済んだ。
にこにこと笑う弟を見て、そして自らに触れる温度を感じて、エナタは根拠の無い安堵感を抱いた。
「べ、別に…撫でてほしい訳じゃないんだからね」
「分かってるよー」
「…ネル、知ってるかしら?織姫と彦星って雨が降ってもちゃんと出会えるのよ。バカね」
「そうなのー?!なーんだ、俺の願いって空回りじゃん。もっと早く言ってくれれば良かったのにー!」
…その心遣いが嬉しくて敢えて言わなかった、なんて、口が裂けても言えない。
本当にバカなあたしの弟。
「『今年も織姫と彦星が素敵な時間を過ごせますように』」
エナタが光り輝く雫の落ち続ける夜空を眺めて、ぽつりと呟いた。
ぱらぱら ぱらぱら
今宵は七夕であるにも関わらず、未だ梅雨明けしていないせいで雨が降っていた。
土砂降りというほどでもないが、すぐにやみそうというほど軽い降り方でもない。
恐らく明日にならないと晴れはしないだろう。
そんな空模様を窓から眺めながら、エナタは自分の右手の内にある桃色の短冊を握りしめた。
「どう、姉さん。お願いごと書けたー?」
そんなエナタの仕種に気付かないネルは、ひょこりとエナタの右肩に自身の顎を乗せて声をかけた。
「きゃあっ!!」
ネルの想像通り、エナタは悲鳴をあげてあっと言う間にその場から逃げた。
ほんの数秒のうちにネルとエナタの間には1メートルもの距離が出来た。
それを見てネルが苦笑する。
「姉さんってば、こういう時だけは運動オンチが治るんだよね」
「あ、う、うるさいわねっ!」
「別にからかってないよー」
顔を真っ赤に染めてこちらをキッと睨みつけるエナタに、ネルはにこにこと笑いかけた。
エナタは極度の潔癖症であり、他人に触られることをひどく嫌うのである。
他人に触れられるものなら即失神するのだが、家族に触れられるのは少しは慣れたようで悲鳴をあげて赤面する程度までになった。
しかしいくら家族であれ、過剰なスキンシップをとられると失神してしまうのだ。
「ふー…」
軽く深呼吸をして、煩く鳴り響く心臓と熱くほてった頬を落ち着ける。
「…えっと、何かしら。願いごと?」
「うん、そー。姉さんは何書いたのかなって。もうみんな書いたみたいでさー。俺、まだ書いてないんだよねー」
「短冊渡されてからかなり時間経ったわよ、まだ書いてないの?」
「うん、まーねー」
ネルは相変わらずにこにこと笑いながら、エナタの前に自分の緑色の短冊を置いた。
それには自分の名前が左下に小さく書かれてるだけで、願い事が書かれていない。
エナタは怪訝そうに顔を上げてネルを見つめる。
「あんたねぇ、いろいろあるでしょ願いくらい。ネルくらいのブラコンなら『イシュカとアジーが結ばれますように』とかにしとけば?」
「それはダメだよー、願うようなことじゃないもん。自分たちで何とかしなきゃ」
「案外シビアなのね、あんた…」
また、うふふ、とネルは笑う。
その笑みは余りに不安定で、エナタは少し恐怖心を抱いていた。
奥底が見えない笑み。
まるで姉であるあたしすら信じてはいないような。
「…ネルはなんでそんな風に笑うの?」
気付けば勝手に口からそんな言葉が飛び出していた。
直後、はっとしたように慌てて両手で口を抑える。
そのせいで握りしめていた短冊がひらりと手から落ち、ネルのひざ元に届いた。
「姉さん?」
そんなエナタに心配した様子のネルは、背中をさすろうとして右手をエナタへと伸ばす。
その右手の動きが、途中でぴたりと止まった。
「…!」
ネルの視線の先には、自分のすぐそばに落ちている桃色の短冊。
「あ、ちょ…み、見ないでよっ!」
ばっ、と素早く自分の短冊を回収するが、時既に遅く、ネルはエナタの願い事を読んでしまった後だった。
そんなエナタを見てネルの顔はだんだんと緩んでいき、逆にエナタの顔は視線をそらしたまま赤く染め上がっていく。
「姉さんのお願い事、見ーちゃった。ふふ」
「……うるさいわね、だから何だってのよ!」
「おかげで俺もお願い事決まったよ、姉さん。ありがとー」
「あ、あんたのも教えなさいよ!?これじゃアンフェアじゃない!」
また、先程と同じように彼が笑った。
今度の笑みは不思議とあまり恐怖心を抱かない。
「はーい」
いつの間に書いたのか、右手に握ったペンにきゅぽんとキャップをしながらネルがのんびりと返事をした。
そしてにこにこと笑いながらエナタに自分の短冊を手渡す。
エナタは少し躊躇ってから受け取り、声に出して読み上げてやった。
「なになに…『この雨が早くやみますように』?」
「うん」
「…そうね。早くやむといいわね」
「そうすれば姉さんのお願いごと、叶うでしょー?」
「……」
エナタは答えずに、ネルがいつもそうするようににこりと微笑んでみせた。
「まだ、雨、降ってるねー」
カーテンの開きっぱなしの窓から雨模様の夜空を眺めてネルが言う。
エナタはそっとその隣に腰掛け、同じように空を見上げて少しだけ寂しさをその笑顔に滲ませた。
「姉さん、今、触っても大丈夫ー?」
「は…なっ、何言って…!?」
「ふふ、少し慰めたくなったの。あんまり悲しそうだから、姉さんが」
そう言うなり返事も待たずにエナタの背中を優しく撫でる。
エナタの顔はみるみるうちに真っ赤になったが、かろうじて悲鳴はあげずに済んだ。
にこにこと笑う弟を見て、そして自らに触れる温度を感じて、エナタは根拠の無い安堵感を抱いた。
「べ、別に…撫でてほしい訳じゃないんだからね」
「分かってるよー」
「…ネル、知ってるかしら?織姫と彦星って雨が降ってもちゃんと出会えるのよ。バカね」
「そうなのー?!なーんだ、俺の願いって空回りじゃん。もっと早く言ってくれれば良かったのにー!」
…その心遣いが嬉しくて敢えて言わなかった、なんて、口が裂けても言えない。
本当にバカなあたしの弟。
「『今年も織姫と彦星が素敵な時間を過ごせますように』」
エナタが光り輝く雫の落ち続ける夜空を眺めて、ぽつりと呟いた。
ぱらぱら ぱらぱら
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